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釣り、ペット、短編小説、雑記、紙誌掲載原稿
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 抗ガン剤の5日間集中投与を終え、なんとか激しい副作用に悩まされる事なく乗り切ったのだが、実はこの間に奥歯の詰め物が欠けてしまい、歯科の予約をしていた。それと、先月の腹部腫瘍(虫垂ガン&左睾丸)の摘出手術の際、気管挿管を抜く時、かなりの力でかんでしまったらしく、前歯も少し欠けてしまっていた。自分の入院しているD病院は総合病院なので、歯科も眼科も耳鼻科もある。入院してても他科で診てもらえるのは、総合病院の強みだね。

 昼食前に歯科からお呼びがかかり、欠けた歯の治療に。問診票に必要事項を記入し、診療室へ。ハッ! すっかり忘れていたが、自分が一番苦手としている治療……、歯医者さんだよッ! このところ肺ガンだの、脳腫瘍だの、ドデカイ病気ばっか患ってたモンですっかり忘れていたが、歯医者さんほど怖い診療科は無い。診療台に座るや、脇の下にイヤ~な汗が滲んでくる。

 「はい、眠釣さん、こんにちは。今日は欠けた部分の補修だね」

 「は……、はい。よろしくお願いしま……ふ」

 「ん? 痛む歯もある?」

 「い、いいえ……」

 「あ、そう。じゃ、椅子を倒すからね」

 「じゃ、奥歯から治していきます」 (キュィ~ン、ガリガリ……、シュゴ~ッ!)

 「フンゴッ、ハグゥ~ッ!」

 「あ~、詰め物の下に少し虫歯があるね。チョット我慢ね」 (キューン、ガリリリ!)

 「ヴェ~、アゲゲゲゲゲゲゲッゲゲッゲゲゲッゲゲ……」 (全身硬直)

 「そんな痛くないはず……」

 「いらくらいけろ、ろはひんれふ……(痛くないけど怖いンです……)」 

 「はぁ?」(クスクス……)

 「はい、奥歯を削るのは終わり。じゃ、詰め物しますよ」

 奥歯の治療が終わり、今度は前歯。前歯は角が欠けただけなので、神経まで触れる心配はないから、安心してお任せできた。前歯もキレイに補修していただき、これで終わりかと思ったら……。

 「眠釣さん。今、抗ガン剤による化学療法受けてるね」

 「はい」

 「抗ガン剤の副作用でね、口内の粘膜に影響が出るの、知ってる?」

 「口内炎とか歯肉炎ですよね……」

 「そうそう。そうなると食事とかつらくなるンですよ」

 「ですよね……」

 「万が一、そうなったら痛み止めのゼリーを使いますから」

 「キシロカインゼリーですか?」

 「おっ、よく知ってるね。説明あったの?」

 「いえ、まぁ、色々と読んだり、聞いたり……」

 「だから歯周病ポケットの検査と、歯石も取っておきましょう」

 「はい、お願いします」

 なんとラッキー。歯の治療に加えて、オーラルケアまで受けられちゃった。全身に脂汗を浮かせて治療に耐えた甲斐がありましたよ、ってお話でした。

 今日のネタはツマンね~ッて? そら個人日記だもんよ、しゃーあンめェ。なんしろ歯医者さんで散々怯えまくってきた後なんだから(笑)。

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 昨日から食欲が少し落ち始め、今朝は朝食は完食したモノの、どうも調子が良くない。朝の検温では37.1度。お昼には37.6度まで上がり、食欲はゼロ。しかし、なにかしら食べねば……、と副食のイワシの梅じそ揚げと、デザートのバナナをなんとかお腹に入れて、抗ガン剤治療の第2クール5日目、ペプシド+シスプラ投与前の制吐剤を多めに投与してもらう。

 午後1時過ぎ、先陣のペプシド隊が出撃し半刻(1時間)の攻撃開始。特段の吐き気は襲って来ないが、今までのように楽勝気分ではない。いつ吐き気が襲ってくるか……。ビニールシートとビニール袋を枕元に用意し、万が一に備えておく。シーツやお布団を汚すような粗相だけはしたくないのだ。ペプシド隊の攻撃中はなんとか乗り切った。本隊のシスプラ隊出撃。本隊の攻撃時間は一刻(2時間)。熱はやはり37.6度と微熱が続いている。主治医のN尾先生は、

 「ガンマナイフ手術の影響からの微熱かも知れませんね。
  ツラくなってくるようでしたら、すぐに言ってください。
  我慢も辛抱も不要ですよ。
  ちゃんと対応策もお薬もあります」 (^-^)ニッコリ

 心強いなァ……。キツイ治療でも、この一言で耐え抜ける。あ、耐え抜けるって表現はおかしいか。我慢も辛抱もしないでいいんだから、”キツイ治療でも安心して受けられる” だね。N尾先生の言葉には、さりげなく患者の心の機微に触れる響きがある。

 いつ吐き気や強烈な不快感が襲ってくるかと、ビクビクしながらのシスプラ隊の攻撃時間。しかし、血圧も酸素摂取量も安定しており、微熱特有の倦怠感、食欲不振だけで、激しい副作用には襲われずに済んだ。

 これで5日間の集中投与が完了。次は24日にクリスマスプレゼントのブレオ投与。そして大晦日31日にも一日早いお年玉のブレオ投与。ブレオの投与を受けると必ず微熱が出るンだよなァ……。そんでもって、この時期にはシスプラの最大の副作用、白血球減少が起きる。すなわち外部接触は極めて危険な時期になる。従って、眠釣の平成二十三年は病院で迎える事と相成り候、ってお話です。

 家内に余計な心配や負担を掛けたくないし、ドクターからも外泊・外出はストップされるだろうし、生きてりゃこの先、新年は何度でも来る。病院で迎える新年があっても良いではないか。あくまでも ”生きてりゃ”、だけどね(笑)。

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 抗ガン剤治療の第二クール二日目。今日は偵察部隊の制吐剤15分ほど物見に出かけ、第一陣のペプシド隊が半刻(1時間)、本隊のシスプラ隊が一刻(2時間)、後詰めのブレオ隊四半刻(30分)という戦闘時間で、ガン病巣への波状攻撃の突撃戦を繰り返す。

 途中、外科の主治医だったM山先生が陣中見舞い(?)に来てくださった。

 「K病院のガンマナイフ、どうだった?」

 「フレーム装着と、取り外しがチョ~痛かったですぅ~」

 「頑張ったみたいだね」

 「処置中は睡眠薬で眠らされてたので、頑張ってないですけど」

 「まぁ、準備と後処理がキツイからね。特に麻酔の切れてくる後処理が」

 「フレーム装着の時のキシロカイン注射とネジの締め付けも痛かったです。
  それと、取り外し前にトイレに行きたいって言ったら、フレーム付けたまま
  手術室を出て、外来患者もいる廊下の先のトイレに行かされました」

 「外来通路? みんなドン引きしてたでしょう(笑)」

 「はい~。中世ヨーロッパの拷問みたいな状態でしたから……。
  でも、その後のフレーム取り外しが地獄の痛さでした」

 「ははは、頭は痛点少ないんだけどねェ(笑)」

 「僕は痛点直撃のクリティカルヒットでしたよ」

 「痛み止め飲んだでしょ?」

 「このD病院から持って行った、お昼ご飯後用のロキソニン一錠だけ……」

 「えッ? そりゃ痛いわ(笑)」

 「ナースコールで看護師さんにボルタレン坐薬お願いしました」

 「だろうね」

 「でも25mmだったから、50mmにしてって頼んだけどダメでした」

 「効かなかった?」

 「それが睡眠薬もまだ体内に残ってたみたいで、ウトウト眠くなりました」

 「よかったじゃない」

 「はい。安静時間1時間が過ぎた時は、かなり痛みは消えてました」

 「無事に戻ってきて、また”元気に”治療を続けていける前向きさがスゴイです。
  これからも頑張って!」

 「はい、シッカリと養生します。ありがとうございます!」

 なんともありがたい陣中見舞いだった。自分はM山先生の直球ストレートな物言いが好きだ。現在の主治医のN尾先生のコーナーを突く笑顔の物言いも好き。自分は良い先生にお救いいただいていると、家内共々感謝している。

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 本来なら抗ガン剤による化学療法第二クールが、闘病生活の第四ラウンドになるはずだったンだが、ガンが右脳前頭葉へ転移し、脳腫瘍ガンマナイフ手術というスーパーファイト(特別戦の第四ラウンド)が入ってしまった.。まぁ、自分は世間一般で言う末期ガン患者とは思えないほど ”元気な末期ガン患者” なので、スーパーファイトも楽々こなしちゃったンだけどさ。

 そして本日12月16日午後2時、実質第五ラウンドのゴングが鳴った。物見隊の制吐剤が斥候偵察に出かけ、続いて先鋒のペプシド隊が出陣。半刻(1時間)ほどの戦闘を終えて、主力部隊のシスプラ隊が出陣。シスプラ隊の戦闘は一刻(2時間)の予定だが、四半刻(30分)ほどの延長もあり得る。だが今日は時間通りに戦闘終了。各部隊の出撃中、総大将の自分はベッド上の本陣で、平静を保たねばならない。総大将がチョロチョロ動き回ってちゃ、敵の放った刺客に刺されるかもしれないからね(笑)。

 昨日撮った胸部X線写真では、肺の中の腫瘍が縮小し始めている様子が確認できた。右肺の心臓脇にある禍々しい腫瘍も、縮小傾向にあるようだ。抗ガン剤が効いているのが目に見えるってのは、嬉しいモンだねェ。そう言えば、ここ数日は血痰が出ていない。肺の中のガンからの出血が止まったのだろう。

 こうしてmixi日記やブログで闘病の様子をご覧になった方から、脳転移しても脳天気な自分に、「すごい精神力と生命力」 とか、「あやかりたい」 とかのメッセージをいただくンだが、実を言うと、自分はそんなに大層な人間じゃないンですよ。だからさ、何度も書いてきた通り、ガンだろうが虫歯だろうが、なっちゃったモンは、しょうがないじゃん? ガンはガンとして、虫歯は虫歯として受け入れて、治療するしかないんだモン。

 前にも書いたと思うけど、ガンと虫歯だきゃぁ治療せんと治りません。大概の病気は暖かくして、栄養のある物を食べて寝てれば治るけどね。必要に応じて、切って取る、焼き切る、ブッコ抜く、削るなどするしかない。おまじないも、ご祈祷も、念仏も、題目も、お札も、御守りもガンや虫歯にゃ効きません。自然治癒力や自己免疫力、鍼灸やらマッサージで虫歯が治ったなんて話もありゃせんでしょ? 一時的に痛みが治まる事はあっても、絶対に治らない。たかが虫歯だよ? それも治せないのに、どうしてガンが治るなんてヨタ話を信じるかなぁ? 藁にも縋りたいって気持ちはわからんでもないが、やっぱり馬鹿なんじゃね?

 ♪悪い奴らは 天使の顔して 心で爪を 研いでるものさ~♪

ってのは、「宇宙刑事ギャバン」の主題歌の歌詞なんだが、まさにそのとおりで、詐欺師は天使の笑顔と声で近づいてきますよ、ってお話でした。

 ♪信じる者は、すくわれる~、(悪人共に)巣喰われるったら、巣喰われる~♪
 ♪信じる者はすくわれる~、テメェの足をすくわれるったら、すくわれる~♪

 人の弱みにつけ込んで、最初に騙すヤツが一番悪いに決まっているけど、すっかり信じ切って二次被害者まで出しちゃう狂信者も同罪だよな。しつっけェったらありゃしない。

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 多くのみなさまから「拍手する」ボタンで応援のメッセージを頂戴いたしております。「拍手する」ボタンでのメッセージは、ブログの画面上には反映されませんが、すべて読んでおります。また、闘病応援のメッセージ、メール、コメント、電話、お見舞いを頂戴いたして、感謝感激雨霰、光栄の行ったり来たりで御座います。

 自分(眠釣)は世に残すべき何かを持っていません。人の命を救う技術もなければ、新たにモノを作り出す知恵もない。ただ日々を漫然と過ごしているに等しい人間です。今回、大病を得て感じたのは、「人は何かを成すべく生まれてくるのでもなければ、何かによって生かされいるのでもない」という事。すなわち、生まれるべくして生まれ、生きるべくして生きているだけですな。

 神仏が煩悩の一つも捨てきれない人間に、いちいち生存価値や存在意義なんぞを与えてくださるワケがない。自分の命や人生の意味や価値なんてモンは、自分で探し、身分で見つけ、自分で価値付けるしかないでしょう。そもそも神仏なんてのは、本当に存在するかどうかもわからん存在。人生に何かしらの意味とか、価値を与えるのは誰でもない、その生命と人生の所有者である本人、と自分は信じていますよ、ってお話です。

 こんな事書くと本当の天罰が下るぞ、って? もう下ってっから再発するわ、そこいら中に転移するわの末期ガン患者なんだよ、俺は。何が折伏だ、変なインチキ金むしりカルト宗教団体に誘ってンじゃねーよ。余計なお世話だ、バ~カ(笑)。

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 手術当日の14日。病院の起床時刻はドコも同じく、午前6時と早い。看護師さんが各室の照明を点灯し、トイレ介助が必要な人には声を掛けて回る。自分は今朝は絶飲食なので、水分の摂取も薬を飲む最小限以外は禁止。自分は服用薬はないから、歯磨きと洗面だけ。午前8時30分、ガンマ線専門の看護師さんが来た。

 「眠釣様の着用してらっしゃる下着は、吸湿発熱のヒートテックとかですか?」

 「はい、東レのヒートファクトです」

 「ガンマ線には発熱繊維はダメなんです。普通のコットン製はありますか?」

 「ありますよ。それに着替えておきます」

 「では、術着はこちらのガンマ着をお召しください。9時15分手術開始になります」

 開頭手術に比べたら、ガンマナイフによる放射線手術は、患者の肉体的な負担はゼロに等しい。自分は右脳前頭葉の1カ所なんだが、午前9時7分に廊下でストレッチャーに乗せられ、予備麻酔の精神安定剤の点滴と、痛み止めの筋肉注射3cc(コレが痛ッてェ注射なんだ、また)を打ってから、放射線外科手術室へ。D病院では自分で歩いて手術室まで行くのだが、脳外科の場合は転倒の心配があるため、ストレッチャーで運ばれるワケだ。術後処理の頭部固定フレームを外して病室に戻るまで3時間ちょうど。手術は午前9時15分スタートで、病室に戻ったのが午後12時7分だった。自分としてはガンマナイフ手術の様子を、シッカリと記憶しておいて闘病リポートにまとめようと思っていたんだが、ガンマ線照射中に動かないように、睡眠薬で眠らされてしまい、気付いた時には手術は終了していた。なんとももったいない……が、ガンマ線照射中は身動き一つしてはいけない。眠らせてしまうのが一番なのだ。全身麻酔とは違い、睡眠薬で眠らせるだけなんだけどね。患者側にしてみればどっちも同じだけどさ。

 頭部固定フレームを外す順番を待っている間に、オシッコがしたくなってきた。看護師さんにその旨を伝えると、フレーム付けたままトイレに行っても良いと言う。看護師さんに付き添われて、頭蓋骨にガッチリと食い込んだフレームを付けたままトイレへ。その姿を見た周りの人が一瞬ギクリとなる(笑)。そりゃそうだろう、まるで中世ヨーロッパの拷問受けてるみたいなんだモン。まだ麻酔が効いているのと、睡眠薬の点滴が効いているのとで、ぼんやりとした意識の中、トイレを済ませて手術準備室へと戻る。

 ところで、患者の肉体的負担はゼロに等しいと書いたが、それはあくまでも ”開頭手術に比べたら” の話であって、フレーム取り付け時は局所麻酔の注射とフレーム固定ネジが頭蓋骨に食い込むまで締め上げられるし、もっと痛いのが手術後のフレームを外す時だ。もう、麻酔が切れ始めているから、痛いの何のって、頭が割れそうに痛い。これが運良く痛点を避けた位置に当たっていた人は、さほど痛くないらしいが、自分は大当たりの痛点直撃だった……。

 鎮痛剤のロキソニンを一錠飲んだが、こんなもんで効くはずもなく、ナースコールで看護師さんを呼んで、ボルタレン坐薬を入れてもらう。が、看護師さんが持ってきたのは25mm。「ダメだよ~、赤いパッケージの50mmにしてェ~」 の懇願も空しく、25mmを突っ込まれてしまった。が、25mmでもさすがにボルタレン坐薬。効いてきましたよ。まだ体内に残っていた睡眠薬点滴の効果と相まって、眠くなってきた。ウトウトとまどろんでいたら、担当の看護師さんが起こしに来てくれた。ベッド上安静の1時間が経過していた。

 「眠釣さ~ん、お手洗い、大丈夫ですか?」

 「はい、一人で行けると思います」

 「念のため、トイレの前まで一緒に行きますね」

 歩いていてもよろけないし、トイレも一人でちゃんとできた。看護師さんも術後容態を確認して安心したようだ。部屋に戻ると、電子レンジで温め直した昼食が用意されていた。朝から絶飲食だったので、蒸した魚でも美味しかった。そして何よりも、無事に手術が終わった喜びがこみ上げてきた。だってさ、脳腫瘍だよ、脳腫瘍。脳みそに妙なデキモノがで出来ちゃって、意識障害になったり、言語障害になったり、身体が麻痺しちゃったりするんだぜ。それがチョイとばかし痛いとは言え、わずか3時間、安静時間を入れても4時間で治せるンだよ。

 日は明けて15日。午前9時に副主治医のT川先生がお見えになり、昨日のガンマ線照射による手術の内容と、再発の可能性、効果不発の可能性などのリスク説明と、効果発現時期、脳腫瘍の縮小・消滅時期を説明してくださった。自分の脳腫瘍は2cmを超えていたので再発の可能性は2倍。っつーても、5%が10%って事だから、90%はセーフじゃん。

 午前10時。入院していた3階の看護師さん全員のお見送りを受けて退院。会計で手術費用(全額自費だったら60万円だが、高額療養費負担限度額+食事代+テレビ代)を支払い、家内の運転で一旦自宅へ。無事に手術を終え、一人で歩いて車に乗り込むのを見た家内が微笑んでいる。特段の言葉を交わす気になれない。
 「 無 事 に 終 わ っ た ね  、 ヨ カ ッ タ ♪ 」
思いが伝わってきたし、こちらからも同じ思いが伝わっただろう。

 帰路、肉屋さんに立ち寄って、少し贅沢なお肉を買い求める。脳腫瘍のガンマナイフ手術成功を祝って、お昼はすき焼きだ。二人分500gもあれば充分。家内の作るすき焼きをガッツリ食べて、近所の家電量販店へ。モバイルノートPC用の外付けコンパクトハードディスク(500GB)と電動歯ブラシを購入。明日から抗ガン剤治療の第2クールだ。入浴を済ませてD病院へ。14時15分、D病院に到着。個室が空いていれば……、空いていた! やった、これでまた消灯時間関係無しにお仕事が出来る!

 M看護師長さんがお迎えに来てくださり、前とは別の個室へ。ふふ、少し南向きになってるから、冬場は暖かくて良いぞ。しかし、放射線照射による施術とは言え、脳腫瘍の手術を受けてきたばかりで、すき焼きを食い、家電店で買い物をし、風呂にも入って、再び前の病院に戻ってくるとは……。なんだか夢の中の3日間だったような気がしますよ、ってお話でした。

 あぁ、実はこの年末年始も、自分は病院で過ごさなければならない。抗ガン剤治療の第2クールで、もっとも白血球が減少してしまうであろう時期が、お正月と重なってしまうのだよ。白血球がスカスカ状態でシャバに出るのは危険すぎるモンね。

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 二泊三日で右脳に出来た2cm大の脳腫瘍の、ガンマナイフ手術を受けてきた。開頭手術せずに脳腫瘍だけを、多方向からのガンマ線照射によって死滅させるワケなんだが、すごいモンだね。しかもこんなスゴイ医療技術が保険適用なんだぜ? 日本に生まれて良かったよ、マジで。

 12月13日午前10時、D病院を一旦退院。自宅に帰って昼食と入浴を済ませ、二泊三日の入院支度を整えて放射線治療を得意とするK病院へ。午後2時、K病院到着。受け付けで入院手続きを済ませ、入院保証金を納めて病室……、あれ? 案内されたのはX線検査室……。

 「眠釣さま~。最初はX線で胸と頭の写真。その次は心電図を取ります」

 あぁ、入院前に検査しちゃうワケね。チャッチャと済ませて病室へ。今度は採血が待っていた。採血が終わると、看護師さんが次々とご挨拶に来てくださる。自分の受け持ち担当看護師、看護主任、看護師長、ガンマ線専門の看護師、放射線手術室付き看護師、当直担当看護師と、D病院同様、続々とやってくる。最後に事務担当の方が、医療スタッフ全員が名前と顔を一致させて記憶するために、とデジカメで顔写真撮影。へ~、そこまでやるんだ。

 ふと、ベッドの枕元に目をやると、黒い袋が置いてある。前の患者さんの忘れ物? 勝手に開けるのも気が引けるので、ナースステーションに持って行き、「前の患者さんの忘れ物です~」 と差し出したら、大笑いされてしまった。なんと、入院患者用のアメニティグッズだった。歯ブラシ、お箸、プラスチック製カップ、タオル、ウェットティッシュのセット。ちょっとしたホテルみたいだ。

 そんなこんなで夕方5時。主治医のM先生がガンマナイフ手術の説明にいらしてくださった。当初、ガンマナイフ手術は痛くない、ってテレビでもやってたし、「ふ~ん、楽勝じゃん?」 とか考えていたんだが、M先生からの説明を聞いていて冷や汗が出てきた。

 「あ~、眠釣さんね、この手術は頭部が動くとダメなので、アルミ製フレームで固定します。
  もちろん局所麻酔(キシロカイン)を打って留めるんだけど、頭蓋骨にガッチリと固定する
  から、多少の穴も空くし、傷から血も出ますけど、たいしたことないから」(^-^)ニッコリ

 「え……、あ、はぃ……」 (((((((( ;゚Д゚))))))))ガクガクブルブルガタガタブルブル

 「怖がらなくても大丈夫ですよ。少~し痛むかも知れないけど、痛み止めもあるし。
  手術が終わったら、1時間ほどベッドで安静にしててくださいね。
  1時間したら、もう、一般的な入院生活はOKです」

 「わかりました……」

 「じゃ、何か質問はありますか?」

 「いえ、何をお尋ねすべきかもわからないので、先生にお任せします」

 「はい、わかりました。いくつもの症例を担当して結果を出してますから、
  安心して任せてください」

 「よろしくお願いします」

ってなやりとりがあって、入院初日13日の夜は、脳の腫れを抑えるグリポーゼ注射液の点滴を受け、テレビを使ったネット閲覧をして過ごした。午後10時消灯。睡眠導入剤のベンザリン5mm錠を飲んでまぁ、痛いには痛いだろうが、我慢できないほどでもなかろう、とタカをくくって、11時30分頃就寝。

 病院が変わると雰囲気も全然違う。K病院の入院病棟は古く、天井が低いし、4人部屋はかなり狭い。今までD病院では個室だったので余計に狭さを感じるが、収納スペースの配置が良く、狭いなりに使い勝手というか、居心地は悪くはない。ベッドなどD病院よりも上質だったりするから、甲乙付け難い。食事に関しては、K病院の方が上だった(美味しくはないが……ね)。

 しかしなぁ、まさか入院している病院を一時退院して別のK病院に転院し、治療を済ませて元のD病院に再入院することになるとは思わなかったよ。手術当日の模様は、後ほど……。

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 「 唯 一 (ゆいいつ) 」 なんつーと、「たった一つ」って事で、フツーは「とっても大事」ってな意味もあるわね。ほれ、生命とか、人生とかさ、「たった一つの大切な命、たった一度の大事な人生」って言うじゃん? ところが、だ。眠釣って奴ァ、へそ曲がりの根性腐れなひねくれ者で、自分の命や人生に関しちゃ、「 唯 一 = た か が 一 つ 」って感覚なワケですよ。

 散々ガンに冒されまくってンのに、虚勢や強がりでなはく、実際に平然と日々を送っているのは、お見舞いに来てくだすったみなさんならご存じの通り。自分は嘘偽りなく、両肺も虫垂も左背筋も右脳も冒された、正真正銘ステージIVの末期ガン患者ですよ。病状は最悪だけど、なぜか体調は上々です(笑)。肉体的にも病み衰えてもいないし、病やつれもしていない。むしろ筋肉隆々のガタイを保っているし、血色は良く、お肌ツヤツヤ、ついでに頭ツルツル(笑)。

 冗談はさておき、こうしてmixi日記やらブログやらも更新してるし、お仕事としての原稿も書いている。思考力も記憶力も文章力も、全く衰えていませんから、安心してお仕事を与えてください。まだまだ、死にそうもありませんから大丈夫です。必要なら数回分は先に入稿します。

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 転移性脳腫瘍に冒されていることが判明し、今のところは記憶力や思考力、運動機能に大きな問題はないものの、いつ、どんな障害が起きるかわからんという、若干の不安を感じている。 「なぁ~んの不安も感じてないよ」ってな強がりを言っても仕方がない。実際に脳を冒されているワケで、ハッタリや強がりで病気が克服できるモンじゃないからね。

 そんなワケで、目と耳とオツムが真っ当に機能し、両手が原稿書きに不自由しないうちに、やれる仕事はやっておこうと、多少の無理は承知でお任せいただいている連載記事や、ムニャムニャのゴニョゴニョの原稿を、前倒しで書いている。

 みなさんの中には、「眠釣って奴ァ、いっつもポジティブでプラス思考、常に気迫と気力に満ち溢れ、ラオウやケンシロウも顔負けの闘気をまとい、病室内の空間さえもゆがめちゃってンじゃね?」 ってな想像をしている方もいるみたいだけど、実際問題、自分も人間なワケで、不安や心配の一つや二つは抱えてますよ。それが生死の問題か、つーとチト違っちゃってるだけでね。

 自分が感じてる不安は、ガンで死んじまうンじゃないかとか、そんな事っちゃない。現在、人間の致死率は100%なワケで、生物としての宿命として死を免れる事はできない。まぁ、遅かれ早かれ死ぬんだし、その死因が病死なのか、事故や事件に巻き込まれての死なのか、の違いにしか過ぎないワケだ。自分としては病死ならば加害者がいるワケでもなく、残された家族も誰を恨むでもなく生きていける。その意味では病死ってなァ、悪い死に方じゃないね。

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転移性脳腫瘍 一番恐れていた事態が現実になってしまった。昨日受けた造影剤MRI検査の結果、右脳に2cmほどの腫瘍が確認された。左手と左足の感覚の鈍り、ふらつきやよろけは、脳に転移したガンが原因だった……。

 しかぁ~し、現代医学はこんな程度のことでは患者を見限ったりしない! 放射線治療 「ガンマナイフ」 で、開頭手術をせずに腫瘍のみをガンマ線でやっつけることが出来る。今入院しているD病院には放射線医療設備がないので、本日午後イチでK病院で診察を受けてくる事になった。

 居眠釣四郎という男、生への執着はさほどではないが、抗いもせずに病に負けるというのは性分に合わぬ。死ぬるなら闘って闘って、闘い抜いてからでないと得心がゆかぬ故、そう簡単にはくたばりはせぬであろう、と断言しておきますよ、ってお話でした。

 改めて言っておこう。

 「ウ゛~、バレンジャゲベ! ゴセパキョクギンサギササ ン・ミンチョ・ゼダザ。
 ギブロンバ、ギブロンバァ~ッ!」

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プロフィール
HN:
YASU ・居眠釣四郎・眠釣
性別:
男性
自己紹介:
釣りと動物と時代劇、時代小説をこよなく愛する、腰は低いが頭が高い、現代版「無頼浪人」にて候。
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