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釣り、ペット、短編小説、雑記、紙誌掲載原稿
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 第○管区海上保安本部巡視艇の艦上。海上保安官は備え付けの双眼鏡で前方の防波堤を見やった。数人の釣り人が竿を出しているのが見える。拡声器のマイクをつかんだ。
 「この防波堤は立入禁止です。速やかに釣り行為をやめて退去してください」
防波堤上の釣り人たちが忌々しそうな表情で巡視艇をにらんだ。
 「死ぬのは俺等なんだから、放っといてくれりゃいいのに」
 「海は誰のモンでもねぇのによぉ」
悪罵を吐きながら釣り道具を片付け、そそくさと引き上げていった。

 この防波堤は過去、数十人の釣り人が命を落とし、あるいは消息を絶っていた。単純な転落事故もあるが、そのほとんどは不意の高波に飲まれ、海に叩き込まれる悲惨なものだった。高波の恐ろしさは、波に襲われるまで気付かないということだ。音もなく、静かに海面がせり上がり防波堤を越えてくる。「ドッ!」という波の砕ける音が聞こえた時には、もう遅い。波の高さは一定ではない。天気予報などで報じられる波の高さは『有義波高』と言い、10分間に押し寄せた波の高い順に三分の一を抽出し、その平均の高さを表した数字であり、あくまでも波の高さの目安にしか過ぎない。打ち寄せる波の百回に一回は1.5倍、千回に一回は2倍の高さの波が来ると言われている。波の力は想像以上に強い。ひざ下にも届かない程度の波でも、防波堤上に這い上がってくる波の力は人間程度の物体なら簡単にさらっていく。外洋に突き出した防波堤や海峡部の防波堤は、超大型の消波ブロックさえも押し流されるほどの潮流が流れている。落水して沖合に流されるのはマシな方だ。沖合に流されるのなら、ライフジャケットを正しく着用していれば、救助される可能性もある。しかし、大型消波ブロックの隙間に押し込まれた場合は絶望的だ。押し寄せる波の力で奥へ、奥へと押し込まれていく。テトラに付いた牡蛎や貝に皮膚を裂かれ、波の圧力によって肉が潰され、骨が砕かれていく。ゆっくりと、緩急を付け、被災者の苦悶を楽しむが如く……。地獄の責めでさえも、ここまで残酷にして苛烈ではないだろう。海上保安官は以前に回収した遺体を思い出し、喉の奥に苦酸っぱいものがこみ上げるのを感じた。

 世界各国の主要貿易港では、テロ対策として立ち入りが禁じられている。爆破テロや火災事故が起きたら被害は甚大だ。故に立ち入りを厳重に禁じているのだ。また、水産資源の保護や種苗幼魚の育成、野鳥の飛来地など自然環境の保護目的で、立ち入りが禁止されている場所もある。いずれの立ち入り禁止区域も、高いフェンスを張り巡らせ、有刺鉄線や忍び返しを設置して侵入を防いではいる。しかし、釣り人たちは大型ニッパーでフェンスやゲートの鍵を破壊し、あるいは、はしごを掛けて立ち入り規制区域に入り込む。そしてそれを武勇伝として自慢する者もいる。危険を冒してまで釣行し「俺はこんなにも釣りに打ち込んでいるぞ」とナルシスティックなヒロイズムに酔う。珍走団(=暴走族)が反社会的行為をして喜んでいるように。

 今日も、事の分別をわきまえているはずの大人が、どこかの立ち入り禁止区域で竿を出している……。

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作業3日目。顔なじみの常連が軽トラックでやってきた。
回収量が増えた。
資源ゴミは直接リサイクルセンターへ運んでくれた。
作業5日目に「俺達もやろうかね」と二人の常連が加わった。
これで五人。
なんとか防波堤東半分の作業にめどが付きそうだった。
週末。
秋のにぎわいほどではなかったが、多くの釣り人がやってきた。
 「おじさん、今日は釣りをしてないの?」
週末になると自転車でやってくる中学生だった。
 「冬はあまり釣れんからな。おい、ゴミを捨てるなよ」
 「へへ、目の前で掃除されたんじゃ捨てらんねーよ」
 「掃除してなかったら捨てるのか?」
 「……かもね」
バツが悪そうに言うと、西端に逃げるように去っていった。
週末常連の中にも、投げ釣りのアタリを待つかたわらで手伝ってくれる
釣り人がいた。作業効率が上がった。
この日の午前中の作業で、ついに防波堤上東半分のゴミは片付いた。

月曜、五人は奇妙なことに気付いた。
ゴミを片付け終えていた東半分には新たなゴミがあまり放置されていない。
未作業の西半分には新たなゴミが増えていた。
 「ゴミがゴミを呼ぶ、か……」
再放置された東半分のゴミを拾いながらの、行きつ戻りつの作業になった。

翌週の週末。手つかずの防波堤西端に若者が集まっていた。
10人近い人数でゴミを拾い集めていた。
ヒョイと手を挙げて労うと、彼らも手を挙げ、帽子を振って応えた。
いつも夕暮れ時から、五人とは入れ違いに来るルアーマンの若者たちだった。
五人は再放置されたゴミを拾いながら東側から、若者たちは手つかずの西側。
言葉は交わさずとも、不思議な連帯感が感じられた。
この日、新たなゴミの放置はなかった。釣り人は全員、ゴミを持ち帰った。

半年後。防波堤に放置されるゴミはほとんどなくなった。
この釣り場ではゴミを残してはいけないという雰囲気が出来上がっていた。
話を聞きつけた新聞社が取材にやってきた。
彼らは取材を断った。
釣り人が自分たちの遊び場である防波堤を汚し、それを片付けた。
そんなことを報道されるのは恥だと思った。
全国に自然保護、環境保全を語りかけるチャンスだと記者は食い下がった。
常連の一人が言った。

 「掃除をしたり、渚を再生するのが自然保護、環境保全だと思っているのかね?
  わしらはゴミ拾いを続けてきてわかったんだよ。
  最初から捨てない、汚さない、壊さない。
  これが自然保護、環境保全ってもんだっちゅうことがね。」

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サビキ釣りを楽しむファミリー。
投げ釣りを楽しむカップル。
少し離れた捨て石周りを静かに探る釣り人――。
秋、釣り場は大勢の釣り人でにぎわっていた。
週末には遠く県外からも釣りファンがやってきた。

冬、釣り場のにぎわいは消えた。
釣り人は常連だけになった。
にぎわいの後に残された物は、膨大な量のビニール袋、ペットボトル、空き缶。
使い残しのコマセや食べ残された弁当が腐敗して異臭を放っていた。
常連の一人がつぶやいた。
 「このままじゃ、立入禁止だな……」
釣り人同士の付き合いは意外と浅く、名前さえ知らぬ場合も少なくない。
あの人、黄色いカッパの人など三人称かあだ名で呼び合う。
よほど気の合う者同士でなければ、釣り以外での付き合いは皆無だった。
もう一人の常連が応えるともなく言った。
 「俺等でやるかね?」

翌日、釣り場には3種類のゴミ袋十数枚を持った二人の常連の姿があった。
フィッシンググローブの代わりにゴム引き軍手、釣り竿の代わりに炭バサミ。
傍目には奇妙な格好だった。お互いに失笑した。
 「なぁ、ライフジャケットが気恥ずかしくないかね?」
 「ゴミ拾いで水難事故にあったんじゃ笑い話にもならん。
  そもそもが格好のいい事をしでかすわけでもあるまいよ」
 「まぁな。じゃ、やりますか」
まずは広い防波堤上の東端から手掛けることにした。
落ちているビニール袋を広げて中を検分した。
分別などされているはずもなかった。
空き缶に腐った弁当が張り付いていた。
 「おいおい、こりゃ全種類のゴミを同時進行せにゃならんな」
 「燃やせる物は燃やしちまうかね?」
 「ここは港湾施設内だ。火を焚いたらまずかろうよ。」

この日の作業は2時間ほどで終了となった。
可燃、不燃、資源の三種類に分けた特大ゴミ袋。
 「うちに持ち帰るにはこれが限度だな。これ以上は車に積めん」
 「清掃局に引き取りを頼めんもんかね?」
 「建前上、ここは関係者以外立入禁止。お役所は動いてくれまいよ。
  下手に申し出たら、勝手に入るなと追い出されかねん」
 「勝手に入り込んで、勝手に散らかしたんだから、勝手に片付ける。
  これが世の中の道理だわなぁ」
両手に特大のゴミ袋を提げ、ヨタヨタと防波堤入り口まで運ぶ数百mの距離。
充実感も満足感もなかった。だが、不満もなかった。
二人ともすでに年金生活。
時間だけはいくらでもあった。
ざるで水を汲むような作業だが、「誰かがやらねば」と思った。

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 初めてルアーを投げた日、彼女は一投目でルアーをロストした。まともに飛ばすことができず、目の前にボチャッと落ちた。それを回収する時に、堤壁に引っ掛けて失った。5投目に2個目のルアーをロストした。今度は係留された船のロープに引っ掛けてロスト。3個目のルアーは投げた途端にどこかへ飛んでいった。フリーノットで結んだはずが、結び方が甘かった。これ以上ルアーを失うわけにはいかない。明るい時間に来て、練習することに決め、彼女は恋人の応援に回った。

 恋人はそれなりにルアーを飛ばしていた。中学生時代に釣りをして遊んだ経験がものをいった。しかし、30分としないうちにラインをクシャクシャにしてしゃがみ込んだ。ヘタクソ。初釣行で惨敗を喫した二人は、お互いを指さして笑った。

 それからというもの、デートはいつもベイエリアでのシーバスゲーム。二人ともまだ1匹も釣れていなかった。
 「そろそろ稚鮎が遡ってくるから、いい時期のはずなんだけどな」
顔見知りになった常連の釣り人が話しかけてきた。二人の行く釣り場の常連達は優しかった。ルアーの飛ばし方、リトリーブの仕方、なんでも教えてくれた。釣れたシーバスを「持っていくか?」と分けてくれた事もあった。さばき方から調理方法まで、すべて教えてくれた。血抜きしてくれたシーバスを持ち帰り、作ってみたカルパッチョは絶品だった。
 「なんとしても、自分で釣りたい」
ワインとカルパッチョの味を思い出しながら、そう思った。

ロッドを持つ彼女の手に、コツンと違和感が伝わった。
「――?!」
フローティングミノーをゆっくりと引いているのだから、根掛かりのはずはない。続いて、グワン! とロッドが引っ張られた。思わずロッドを立てた。20mほど先の水面に白く水飛沫が上がった。
 「キャァ〜ッ!」
もの凄い力で引っ張られたような気がした。
 「ロッドを寝かせろ! エラ洗いさせてるとバレちゃうぞ!」
恋人の声がした。ロッドを寝かせる? 耳に言葉は届いているが、脳は言葉を理解しなかった。頭の中が真っ白になっていた。魚の走りに翻弄されているうちに、ロッドを横倒しに構えていた。ゴリゴリと強引にリールを巻いた。ドラグがジリジリと唸り、スプールからラインが引き出された。おかまいなしに巻き続けた。魚の抵抗は徐々に弱まっていった。ようやく足元まで引き寄せた。恋人がタモを差し出した。
 「もっと右! 違う、ラインを巻き取りすぎだよ!」
恋人の叱声に慌て、彼女はリールのベールを返した。パッと重量感が消えたその瞬間、彼女は我に戻った。「しまった! バラした」と思った。
 「よっしゃぁ! 入った!」
恋人の興奮した声が響いた。彼女がベールを返し、ラインが緩んで尾から水面に戻ったシーバスは、自分からタモの中に飛び込んでいた。

 堤防上でバタバタと暴れる銀白色のシーバス。彼女の生涯初の釣果は53cmだった。とてつもなく大きな魚に見えた。
 「あんまりはしゃぐなよ」
恋人の声が聞こえた。バタバタと暴れるシーバスに合わせて、彼女は小躍りして跳ねていた。天を振り仰いだ。満点に広がる星が彼女を祝福するかのように瞬いた。

今ではレディアングラーとして、常連からも一目置かれる彼女はこう言う。
 「最初の一匹が釣れるまで、ルアーで魚が釣れると思わなかった。
  ルアーを投げる、その行為がカッコイイと思ってやってたのかも。
  だって、ルアーはおもちゃみたいだもの。ねぇ?」
今では夫となった彼が続けた。
 「彼女に初釣果の先を越されたのはくやしかったですよ。
  『彼女に釣れるんだから俺も!』
  なぁんて、根拠のない確信をしましたね。
  最初の一尾はきっかけに過ぎないって事もわかりました。
  それからは、『釣れる!』という信念を持って竿を出さないと
  釣れないってことがわかりました」

 ベイエリアの小さなマリーナでルアーを投げる二人。今回の釣行を最後に、彼女はしばらく釣りから離れる。お腹に宿った小さな命を育むために。

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 晩夏の夕暮れ。彼女はパーカーのフードをはずして、水面に目をやった。満潮から1時間、潮が動き出す時間だった。ライフジャケットの大型ポケットからプラスチックのケースを取り出した。7〜11cmほどのルアーが10個入っていた。頭部だけが赤く塗られた白いルアーを選び、アイと呼ばれる先端の環に釣り糸を器用に結んだ。岸壁際に立ち竿を振った。ヒュッ! 風切音が小さく鳴った。

 3年前の秋。彼女は恋人の車でナイトドライブを楽しんでいた。ふと立ち寄った小さなマリーナ。何人もの釣り人がいた。釣りに興味はなかったが、何が釣れるのか気になった。「ヒットォッ!」堤防の角にいた釣り人の声が響いた。恋人と共に釣り人の方へ走った。竿が大きく曲がっていた。初めて見る魚とのヤリトリ。竿を寝かせ、左右に振り、時には膝をつく。リールがジリジリと音を立てているのが聞こえた。
 「よーし、よーし、寄ってきた」
 「デカイな。タモお願いしまーす」
もう一人の釣り人が大きなタモ網を差し出した。水面に向けられたタモ網の柄がスルスルと伸びた。
 「あ、伸びるんだ」
今考えると、変なところに感心していた。バシャバシャッ! タモ取りされた魚のあがく水音が聞こえた。
 「う〜ん、ヨイセッと……」
堤防に魚が上げられた。横たわる魚体を見て彼女は絶句した。巨魚。そう思った。握手を交わした後、メジャーを当てる釣り人。82cm。釣り人はデジカメで数枚の写真を撮ると、せっかくの大物を海に帰した。
 「え〜っ、あんな大物を逃がしちゃうんですか?」
思わず声に出た。
 「食べるワケじゃないから、逃がしてやったんだ。
  食べ頃サイズなら持って帰ることもあるけどね」
釣り人は事もなげに答えた。

 どんなエサで釣ったんだろう? 堤防に置かれた竿の先をのぞき込んでみた。小さな魚の形をしたおもちゃが付いていた。車に戻り、恋人に聞いた。
 「あんなオモチャで魚が釣れるんだね」
 「ルアーだよ。スズキがエサの小魚だと思って食い付くんだ」
 「知ってるの?」
 「話だけならね。やってみたいの?」
 「ちょっとカッコイイかも……」

 翌日、二人で釣具店に行った。釣りの知識の薄い二人は困惑した。店員にアドバイスをもらおうにも、何を聞けばよいのかわからない。雑誌コーナーを覗いてみた。『初めての海のルアー釣り』というタイトルのムック本が目に入った。その本を買うことに決め、ソルトルアーコーナーに戻った。タックルを二人分揃えるとなると、かなりの出費になる。
 「3万円くらいで、二人分の道具を揃えたいんですけど……」
率直に予算を店員に告げて、おすすめタックルを紹介してもらった。彼女はシャンパンゴールドのリールに、白い9フィートロッドを選んだ。恋人は同じリールに黒い9フィートのロッド。ルアーはベイエリアの定番と言われる7cmと9cmを3個ずつ。ラインはシステムを組まなくてもなんとかなる12ポンドを150m巻いた。タモ網は45cm枠5.4mの一番安いやつを買った。支払いは予算を大きく越え、二人分で4万5千円だった。これだけの投資をしたのだから、何が何でもシーバスを釣りたい。彼女は闘志を燃やした。

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 夏休みのある日、事件が起きた。秘密のポイントに、隣町のグループがやってきた。たちまち険悪な雰囲気になり、にらみ合いになった。このハゼ釣り場は譲れない。
 「おい、ここは俺たちの釣り場だ。どっかいけよ」
 「どこで釣りをしようが勝手だろ!   おまえらだけの場所じゃないぞ!」
 「なんだとぉ! やんのか!」
 「おう!」
釣り竿を放り出し、双方グループ入り乱れてのケンカが始まった。隣町グループは5年生以上の高学年ばかりだったが、3年生のチビスケたちも戦闘に参加した。戦わずに逃げたら仲間として認めてもらえなくなる。怖くて足が震えた。度胸を決めて、5年生くらいの相手に飛びかかった。腹を蹴られ、平手で頭を叩かれた。足にすがりつき、太股にかみついてやった。今度は拳で頭を殴られた。コブができるのがわかった。猛烈な痛みと怒りと悔しさが胸に湧いた。必死に泣き声をこらえた。先に泣いた者が出たグループが負けだ。泣いたら自分のせいで釣り場を奪われてしまう。
泣き声をこらえるため、夢中で相手にしがみついた。今度は振り飛ばされた。転んで膝をすりむいた。血が滲んだ。我慢の限界だった。
 「うわぁ〜ん!!」
こらえていた泣き声が、堰を切ったようにほとばしった。火の着いたような泣き声だった。

 チビスケの泣き声が戦闘終了の合図だった。
 「あッ! チビを泣かしたのか! 卑怯だぞ!!」
地元グループ大将格の少年が怒鳴った。すさまじい怒気を含んだ、激しい口調だった。戦闘に参加していても、チビスケを本気で攻撃してはいけない、というのが暗黙の掟だった。チビスケを泣かすのは "弱い者イジメ" になる。絶対に許されない、重大なルール違反だった。上級生は下級生のチビスケ達をかばい、守るのも掟だ。隣町グループ大将格の少年が狼狽した様子で叫んだ。
 「あやまれ! チビを泣かしたヤツはチビにあやまれ!」
太股に歯形をつけられた少年が、おずおずと前に出た。ポケットからちり紙を取り出し、泣いているチビスケの膝の血を拭った。
 「ごめんな……。  俺等がいつも行ってる場所、埋め立てなんだ」
謝りながら、この場所にやってきた理由を話し始めた。

 高度成長期、各地の湖沼や海岸の埋め立て工事が盛んに行われていた。
工事によってハゼ釣り場を失い、新しい釣り場を探しにきたと少年は語った。このハゼ釣り場では地元グループのルールに従う事、隣町グループが秘密にしている釣り場を教えてくれる事で和議が成立した。

 隣町グループと対立したことはなかったが、交流したこともなかった。
それが今回の事件で一気に釣行エリアが広がった。翌日、隣町グループに案内されて、隣町グループの秘密のポイントに向かった。そこは貯木場だった。
 「……、ここは入ったらおじさんに怒られるぞ?」
 「うん。あっち側は危ないからダメだ。だけどこの橋の下は大丈夫。
  ちゃんと貯木場のおじさんに聞いてあるんだ。
  『おーじーさーん、あーそーばーせーてー!』
  でも、あいさつしてからじゃないとダメだぞ」
作業小屋の窓に、こちらを向いて大きくうなずく大人の姿が見えた。
 「怒られない?」
 「怒られないよー。あいさつしておかないと、おじさんたちが帰る時に
  門を閉めて行くから出られなくなる。
  あいさつしておけば『もう閉めるから帰れよ』って言ってくれる。
  お菓子やジュースをくれる時もあるんだぞ」
 「すげー!」
 「ふふ〜ん」
隣町グループは自慢げに鼻を鳴らした。

 釣り場は手すりの付いたテラスのようになっていた。これなら運河に落ちる心配はない。とっておきのポイントだと思った。
 「ここはハゼはあまり釣れない。ちっちゃいカレイはいっぱい釣れる。
  おまえ達、リール竿持ってるか?」
 「あるけど、チビたちの分がない」
 「交代で釣ればいいよ。俺等のも貸してやる」
木っ端ガレイが入れ食いだった。子供たちは交代で夢中になって釣った。隣町グループの一人が、ナイフでカレイの腹を割き、新聞の上に並べた。
 「なにやってんの?」
チビスケの一人が聞いた。
 「こうやって干しておくと、ウチに帰るときには干物ができてる。
  かぁちゃんに焼いてもらって、今夜食べるんだ。うまいぞ〜!」
 「ふ〜ん、干物って自分で作れるんだ……」
 「干すだけだもん。おーい、もう釣りはおしまーい。
  これ以上釣っても乾かなくなっちゃうよー」
必要以上に釣らないのも掟だった。
カレイの干物ができあがるまで、子供同士の釣り談義で盛り上がった。○○町の釣具屋は針が安い、リール竿なら△△△屋のセットがいい。お年玉で買ったグラス竿、とうちゃんからもらった投げ竿の自慢話。話題はつきなかった。遊び仲間が増えたのがうれしかった。

 その日の釣果配分は木っ端ガレイの干物10枚ずつ。カレイの干物は家族からも絶賛された。少し埃っぽい干物だったが、たまらなくおいしかった。家族からほめられ、チビスケにとっては誇らしかった。

 まだ、昔と言うには近すぎる70年代。子供たちが子供たち自身でルールを定め、それに従って遊んでいた時代。限りなく自由で楽しかった。

 どこの町にも釣りキチ三平がいた。

※この小編を再編集して、2006年3月末発行 「波となぎさ167号」に、"居眠釣四郎" のペンネームで寄稿しました。

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 1970年代。釣りは子供たちの遊びの定番だった。駄菓子屋で買った竹のノベ竿でフナを釣り、ザリガニを釣り、ハゼを釣って遊んだ。エサはパンくず、スルメ、自分たちで掘ったミミズやゴカイ、モエビだった。お弁当のおにぎりとおやつを詰めたリュックサックを背負い、麦茶を入れた水筒をたすきに掛け、釣り竿を担いだ子供たちの姿が全国のどこにでもあった。

 釣りの師匠も近所の子供たち。上級生が新入りチビスケたちの面倒を見た。竿先のリリアンやヘビ口に道糸をつなぎ、チチワ結びで釣り糸を結ぶ。ウキ下の調節、ウキとオモリの関係、エサの付け方、アタリの取り方。上級生からチビスケたちへと伝授された。チビスケたちは真剣に習った。魚紳さんはいなかったが、竿を担げば、気分は釣りキチ三平だった。日本全国に釣りキチ三平がいた。

 子供たちの釣りには子供たちなりのルールがあった。チビスケは必ず年上の子と出掛ける事、単独釣行はしない事、岸辺のない川や池、テトラの上では釣りをしない事、秘密のポイントを他のグループには教えない事、ポイントがバレないようにゴミは持ち帰る事。これらは絶対の掟だった。
掟を破るとしばらくの間、仲間に入れてもらえなかった。遊び相手がいなければ、自宅に引きこもるしかない。江戸時代で言えば閉門蟄居のようなものだ。子供にとって一番つらい罰だった。

 春は池や川でフナ、ハヤ、ザリガニを釣った。エサ採集は釣りを教えてもらうチビスケたちの役目。畑のくず捨て場や堆肥置き場の脇を掘るとキジがいる。雑木林の木の下を掘ればドバミミズが取れる。小枝にできたコブの中にはブドウ虫に似た幼虫がいる。釣りエサの採取で、自然を観察する目が養われていった。玉ウキよりもトウガラシウキの方がアタリがわかりやすい、ヘラウキならモロコやクチボソなど小さい魚のアタリも取れる。難しい理屈はわからないが、体験的にウキの浮力、形状による感度の違いなどを覚えていった。釣りを通じて、理科の実験学習をしているようだった。

 夏と秋はハゼ釣り。干潮時に石をひっくり返してゴカイを、敷石に付いたカキガラをはがしてジャリメを取った。海釣りの餌集めは少し危険なので、慣れている5年生の役目だった。缶詰の空き缶や、お母さんのクリームの空き瓶がエサ入れだった。ハゼは面白いように釣れた。死なせると腐ってしまうので、缶ビクを水辺に沈めて活かしておき、帰りに肥後守ナイフでワタを抜いて持ち帰った。釣果は6年生の手により、参加した子供たち全員に均等に配分された。チビスケたちも、同じだけ分け前をもらえた。セイゴやボラなど、30cmを越える大物を釣ると、ヒーローになれた。
6年生が習字セットの墨汁と筆で魚拓を取ってくれる。真っ黒けで魚の形しかわからなかったが、子供たちには大きな勲章だった。

※この小編を再編集して、2006年3月末発行 「波となぎさ167号」に、"居眠釣四郎" のペンネームで寄稿しました。

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月曜日の放課後、少年は担任の教師にテコの原理を教
えて欲しいと頼んだ。
黒板に投げ竿を描き、どうすれば遠くに飛ばせるのか
を質問した。
教師はしばらく考え込んだ。
物理学の説明は小学5年生には少し難しいと思った。
難しくても勉強するからと少年は食い下がった。
教師は少年の熱意に負けた。
毎日30分ほどの課外授業となった。
廊下の窓から覗いていた子供達も加わっていた。
力点、支点、作用点、放出角、放物線、空気抵抗など
高校レベルの話になった。
竿のしなり、反発力を活かせば力を込めて投げなくて
も良いことがわかった。
少年は頭で理解した事を実行に移していった。
遠く投げればより広く探れる。
釣果への近道だと思った。

 「バチッ!」
ある朝、少年の釣り糸が大きな音を立てて切れた。
リールのスプールに巻かれた75mの道糸がすべて出尽く
していた。
父の竿を借りた。長く、重たかった。
大人になった気分だった。
ビュッ! 仕掛けは対岸の手前まで飛んだ。
リールのスプールには道糸の4色目が少し残っていた。
目標の100mは目前だった。
父は少年にタックルを譲った。
自らの努力で大人並の実力を身につけた我が子が愛お
しかった。

初めての投げ釣りから1ヶ月。
父子は格段の上達を遂げた。
少年の愛読誌は漫画誌から、父が買ってくる釣り雑誌
に変わっていた。
その月の小遣いのほとんどを釣りにつぎ込んだ。
4.25m、25号負荷の投げ竿、大型スプールの投げ専用
リール、道糸も2号の専用ラインを巻き、3−12号の
テーパーライン力糸を結んだ。
より飛距離が出るという最新のL型天秤も買った。
仕掛けも自分で針を結んで作れるようになっていた。

少年は父から譲り受けた竿を大きく振りかぶり、空に
浮かぶ雲をめがけて投げた。
 「――ッ!」
今までに感じたことのない感触が腕に伝わり、爽快感
が少年の胸に拡がった。
糸フケを取る。それでもリールのスプールには5色目
のラインが覗いていた。
間違いなく飛んだ。少年は無言でリールのスプールを
見つめ続けた。

一方、父は息子と同時に投げた自分の仕掛けの着水点
を凝視していた。
着水音が今までよりも小さく聞こえた。
糸フケを巻き取った。
4色目と5色目の境は竿先にあった。
父もまた、目標を超えた。感無量だった。

自分のリールを見つめている少年に、竿を手にしたま
ま父は近づいた。
 「100m、越えたぞ!」「僕も!」
竿掛けに竿を預け、保温水筒のお茶で父子は乾杯した。
竿先を見つめ、母親が作ってくれた朝食用のおにぎり
をほおばった。
塩ジャケと焼きタラコの塩味が口中一杯に拡がった。
挑戦の日々を振り返り、父子は互いに讃えあった。
不意に少年が言った。
 「魚も釣らなきゃね」

初心者父子の挑戦は今、新たなステージへ。

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初めての投げ釣りで少年の日常が変わった。
親切な釣り人が教えてくれたキャスティングフォーム
を身体で覚えたかった。
近所には幅100mほどの川がある。
練習場所にはちょうどよかった。
学校が終わってからは学習塾に通わねばならない。
帰宅は夜7時を過ぎる。
学校の宿題や予習、復習もしなければならない。
外出が許されるはずはなかった。
少年は一計を案じた。早朝練習。
早起きをして練習すればいい。
思い込んだら一途だった。
早速、父に話を持ちかけた。
父は難色を示した。
仕事で疲れ、朝は少しでも長く布団の中にいたかった。
ふくれっ面の息子の姿に、渋々承諾した。
「どうせすぐに飽きるだろう」父はそう思った。

早朝の河原に父子の姿があった。
キャスティングの練習なのでハリは付けていない。
川の中に色々な物が沈んでいるらしく、根掛かりで天
秤を何個も失った。
もったいないのでオモリだけを結んで投げるようにした。
少年はオーバーヘッドキャストで、確実に自分の正面
に飛ばせるようになった。
父は一本背負いのようだったキャスティングフォーム
を修正した。
上体を止めることで、竿の反発力を活かすことができ
るようになった。
父子ともに飛距離が少しずつだが伸びていった。
1時間の練習を終え、帰宅すると母親の手で朝食が用
意されていた。
父子はおかわりをした。
朝食がうまいと感じたのは数年ぶりだった。
早朝のキャスティング練習は父子の日課になった。
日に日に上達していくのがわかった。
楽しかった。

待望の週末。父子は満を持して海岸に立った。
サルカンと道糸の結節も充分に練習した。
手際よく結べるようになっていた。
餌付けもネットで調べた。
パーライト(園芸用土)を指先でつぶし、アオイソメ
をつまんだ。
ヌルヌルと滑ることなく、真っ直ぐに餌を刺すことが
出来た。
釣りが上手くなったような気がした。
ジェット天秤に市販投げ釣り用3本針仕掛け。
練習通り、オーバーヘッドキャストで投げた。
風が鳴った。仕掛けは飛んだ。
きれいな放物線を描いて飛んでいった。
しかし、父子の眉根には深いシワが寄っていた。
「飛ばない。練習の時ほど飛んでいない……」
原因が分からなかった。
風は吹いていない。
オモリの号数も、タックルも同じ。
何度投げても同じだった。
父子は新たな壁にぶつかった。

先週投げ方を教えてくれた釣り人を捜した。いた。
大きく竿を振りかぶり、見事なフォームで投げていた。
はるか彼方に小さく着水の飛沫が見えた。
着水音は聞こえなかった。
釣りの邪魔になりはしないかと、遠慮がちに声を掛けた。
日に焼けた釣り人が笑顔で振り返った。
 「やぁ!」
糸フケを取り、竿掛けに竿を掛けると父子に手招きを
した。
父子は「迷惑でなければ」と隣で釣りをさせてくれる
ように頼んだ。釣り人は快諾した。
彼のクーラーボックスには2枚のカレイが入っていた。
釣り人の前で投げて見せた。
 「うまくなったね」
釣り人が言った。
少年が口を開いた。
 「練習の時ほど飛ばない……」
毎日のように近所の河原でキャスティング練習をした
こと、川幅の半分以上、50m以上は飛んでいたことな
どを話した。
釣り人は明快に疑問に答えてくれた。
 「仕掛けとエサが付いているから」
飛行時に仕掛けやエサが抵抗となり、飛距離が落ちる
のだと教えてくれた。釣り人は続けて言った。
 「投げ釣りは理科と算数の世界だよ」
物理学、力学、生物学、地学、気象・海象学などで釣
りを説明してくれた。
すべてが理にかなっていた。
父子の目から鱗が落ちた。
そして釣り人の博学ぶりに驚いた。
少年の目に輝きが宿った。

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釣具店で見かける初心者向け釣りセット。
3.6mの投げ竿にスピニングリール。
ジェット天秤と2本針仕掛けも同梱されていた。
少年は祖父母、両親からもらったお年玉で「投げ釣り
セット」を購入した。
家に帰り、ビニールのパッケージを開けた。
夢が拡がった。
砂浜に立ち、竿をフルスイング。
仕掛けは放物線を描いて水平線の彼方へ。
土曜日の夕方にテレビで見た、ジャパンカップ投げ釣
り選手権の全国大会が目に浮かんだ。
今度の週末、海に行きたいと父に頼んだ。
父はニッコリと笑ってうなずいた。

父はテレビゲームから離れ、外で遊ぶことを自分から
言い出した息子の成長をうれしく思った。
息子と二人きりで出掛けるのは3年ぶりだった。
金曜の夜、会社帰りに釣具店に寄った。
釣具店に入るのは二十数年ぶりだった。
入門者モデルの投げ竿とリールを買った。
新調するはずだったゴルフクラブ1本の値段で、釣具
は揃った。
その夜、息子と一緒に釣り入門書を開いた。

払暁。
まだ薄暗い高速道路を走り海に向かった。
鮮やかな紅色に染まる水平線。
荘厳な海の夜明けに父子は感動した。
砂浜に出ると冴々とした冷気が父子の頬を打った。
寒さは感じなかった。
先行者の振る竿の音が聞こえた。
仕掛けは、はるか沖合まで飛んでいった。
少年の心が躍った。
 「早くやろうよ!」
父は慣れない手つきでモタモタと糸を結んでいた。
前夜練習したはずのサルカンと道糸の結節は、薄暗い
海辺では難しかった。
寒さで指がかじかんでいた。
しかし額には脂汗が滲んだ。
餌付けがまた、困難だった。
アオイソメはヌルヌルと動き、入門書のようにはハリ
に刺さってくれなかった。
とりあえずチョン掛けにした。
二人分のタックルをセットするのに30分。
ようやくすべてをセットし終えた時、夜は明けきって
いた。

隣の釣り人の見よう見まねで投げてみた。
父は全身の力を込めて、思い切り竿を振った。
仕掛けはズボッと音を立てて突き刺さった。
少年はおっかなびっくりで竿を振った。
仕掛けは力無く、ポチャッと目の前に落ちた。
心に描いた、颯爽とした投げ釣りのイメージは儚くも
打ち壊された。
少年はくやしかった。
父は気恥ずかしさに苦笑した。
何度投げても同じだった。
時にはオモリが真横に飛んだ。
肝を冷やした。
見かねた釣り人が声を掛けてきた。
 「竿の弾力と反発力で飛ばすんだよ」
釣り人は少年の竿を使って軽く投げた。
仕掛けはきれいな放物線を描き、60mほど沖に着水した。
リールのスプールにはほとんど糸が残っていなかった。
釣り人が今度は父の竿を使って投げた。
ビュッ! 風切音が鳴った。
少し遅れて着水音が小さく聞こえた。
色分けされた道糸の5色目がリールのスプールから覗
いていた。
父子は手ほどきを願い出た。
仕掛けを投げられるようにならなければ。
竿の握り方、キャスティングフォーム、糸を放すタイ
ミング。
釣り人は丁寧に、根気よく教えた。
まさに手取り足取りだった。
1時間ほど後、父子は自分の正面に仕掛けを飛ばせる
ようになっていた。
飛距離はまだまだだったが、周囲の迷惑にはならなく
なっていた。
その日、父子の釣果はボウズに終わった。
帰り際、手ほどきをしてくれた釣り人がレジャークー
ラーに3枚のカレイを入れてくれた。
冬なのに日焼けした釣り人の笑顔がまぶしかった。

手ほどきをしてくれた釣り人のようになりたい。
父子の挑戦が始まった。

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プロフィール
HN:
YASU ・居眠釣四郎・眠釣
性別:
男性
自己紹介:
釣りと動物と時代劇、時代小説をこよなく愛する、腰は低いが頭が高い、現代版「無頼浪人」にて候。
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