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釣り、ペット、短編小説、雑記、紙誌掲載原稿
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 正月、孫を連れて息子夫婦が帰省してきた。息子夫婦の帰省は数年ぶりだった。孫は5歳になる。老夫妻は孫と息子夫婦の為に、真鯛と伊勢海老を正月の食膳に供した。色とりどりのおせち料理、その真ん中には見事な鯛と海老。お屠蘇を酌み交わし、料理に舌鼓を打った。祖父の目が、ふと孫の取り皿に止まった。ハム、ローストビーフ、伊達巻卵……。鯛にも海老にも箸を伸ばしていなかった。
 「ほれ、この立派な鯛と海老を食べてみろ」
孫に勧める祖父。鯛の塩焼きと伊勢海老の身を取り分けてやった。孫は無言で首を左右に振り、イヤイヤをした。嫁が困り顔で言った。
 「この子、魚嫌いなんです」
老夫婦の目に困惑と悲しみの色が浮かんだ。

 何かが違う。その夜、祖父は息子の子供時代を振り返った。幼い頃の息子の姿と笑顔を思い浮かべた。釣り竿とサビキ仕掛けに鈴なりの小アジとイワシ。
 「これだ!」
祖父は布団から抜け出し、厚手のドテラを羽織って外の納戸に入った。冬の夜気が身体に凍みた。納戸の奥の棚に仕舞ってあった古ぼけたグラス製のコンパクトロッド、小型のスピニングリール。竿のホコリを丁寧にぬぐい去り、リールは分解してオイルを差した。10年の時を経て、釣具に命の息吹が吹き込まれた。

 翌朝、祖父は孫と息子を近くの海に誘った。途中、釣具店に寄り、道糸とブラクリ仕掛けを買った。孫と息子用に防寒長靴とライフジャケットも購入した。午前10時、潮は下がり、海底の石組みが見えていた。

 孫の手を引き、海岸の石組みの上に降りる。冬の海は澄みきっていた。海を渡る風は身を切るように冷たかった。ブラクリ仕掛けにサバの切り身を付け、石組みの隙間に仕掛けを落とす。竿先にゴンゴンッと心地よい魚信が伝わった。18cmのカサゴだった。魚を外し、餌を付け替えて孫に竿を渡した。
「ジイちゃんみたいに、石のすき間に餌を落として見ろ」
孫がおぼつかない手つきで仕掛けを落とす。一投目から根掛かりした。強く引くと仕掛けは切れた。孫は不機嫌そうな表情を隠そうともしなかった。仕掛けを結び直し、もう一度孫にチャレンジさせた。ゆっくりと仕掛けを穴に落としていく。数投後、「あっ、なんか来た!」と孫の声が響いた。竿は大きく曲がり、5歳の手には負えない様子だった。それでも孫は竿を渡さない。
 「僕が釣るの!」
祖父は竿と道糸が直角になるように、リールをゆっくりと巻き取れと指示を出した。グイグイと竿先が絞り込まれる。祖父の「それッ!」と言う声と共に、孫が穴から魚を引きずり出した。40cmはありそうな大型アイナメだった。でっぷりと太っていた。生まれて初めて釣った魚を手に、孫は歓声を上げた。孫のうれしそうな笑顔が、祖父にはまぶしかった。

 その夜、食膳にはカサゴ、メバル、ソイ、アイナメのお造りや煮付け、唐揚げ、みそ汁が並んだ。孫のために祖母はカサゴの身を細かく刻み、大葉で挟んだハンバーグ風の焼き物も用意した。
 「これ、僕が釣ったんだよ」
テーブルの真ん中に置かれたアイナメのお造りに孫が箸を伸ばし、パクリと口に入れた。「おいしーい!」と目を丸くして喜ぶ孫。祖母は目を潤ませ、祖父は優しい笑みを浮かべた。息子夫婦は驚いた顔のまま、我が子の偏食が直ったことに安堵を覚えた。子供のしつけの重要さに気付いた。

 以来、孫の魚嫌いは直った。無類の魚好きになった。息子夫婦は季節ごとに、実家へ遊びに来るようになった。――、最新の釣り道具を携えて。

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YASU ・居眠釣四郎・眠釣
性別:
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自己紹介:
釣りと動物と時代劇、時代小説をこよなく愛する、腰は低いが頭が高い、現代版「無頼浪人」にて候。
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