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釣り、ペット、短編小説、雑記、紙誌掲載原稿
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釣具店で見かける初心者向け釣りセット。
3.6mの投げ竿にスピニングリール。
ジェット天秤と2本針仕掛けも同梱されていた。
少年は祖父母、両親からもらったお年玉で「投げ釣り
セット」を購入した。
家に帰り、ビニールのパッケージを開けた。
夢が拡がった。
砂浜に立ち、竿をフルスイング。
仕掛けは放物線を描いて水平線の彼方へ。
土曜日の夕方にテレビで見た、ジャパンカップ投げ釣
り選手権の全国大会が目に浮かんだ。
今度の週末、海に行きたいと父に頼んだ。
父はニッコリと笑ってうなずいた。

父はテレビゲームから離れ、外で遊ぶことを自分から
言い出した息子の成長をうれしく思った。
息子と二人きりで出掛けるのは3年ぶりだった。
金曜の夜、会社帰りに釣具店に寄った。
釣具店に入るのは二十数年ぶりだった。
入門者モデルの投げ竿とリールを買った。
新調するはずだったゴルフクラブ1本の値段で、釣具
は揃った。
その夜、息子と一緒に釣り入門書を開いた。

払暁。
まだ薄暗い高速道路を走り海に向かった。
鮮やかな紅色に染まる水平線。
荘厳な海の夜明けに父子は感動した。
砂浜に出ると冴々とした冷気が父子の頬を打った。
寒さは感じなかった。
先行者の振る竿の音が聞こえた。
仕掛けは、はるか沖合まで飛んでいった。
少年の心が躍った。
 「早くやろうよ!」
父は慣れない手つきでモタモタと糸を結んでいた。
前夜練習したはずのサルカンと道糸の結節は、薄暗い
海辺では難しかった。
寒さで指がかじかんでいた。
しかし額には脂汗が滲んだ。
餌付けがまた、困難だった。
アオイソメはヌルヌルと動き、入門書のようにはハリ
に刺さってくれなかった。
とりあえずチョン掛けにした。
二人分のタックルをセットするのに30分。
ようやくすべてをセットし終えた時、夜は明けきって
いた。

隣の釣り人の見よう見まねで投げてみた。
父は全身の力を込めて、思い切り竿を振った。
仕掛けはズボッと音を立てて突き刺さった。
少年はおっかなびっくりで竿を振った。
仕掛けは力無く、ポチャッと目の前に落ちた。
心に描いた、颯爽とした投げ釣りのイメージは儚くも
打ち壊された。
少年はくやしかった。
父は気恥ずかしさに苦笑した。
何度投げても同じだった。
時にはオモリが真横に飛んだ。
肝を冷やした。
見かねた釣り人が声を掛けてきた。
 「竿の弾力と反発力で飛ばすんだよ」
釣り人は少年の竿を使って軽く投げた。
仕掛けはきれいな放物線を描き、60mほど沖に着水した。
リールのスプールにはほとんど糸が残っていなかった。
釣り人が今度は父の竿を使って投げた。
ビュッ! 風切音が鳴った。
少し遅れて着水音が小さく聞こえた。
色分けされた道糸の5色目がリールのスプールから覗
いていた。
父子は手ほどきを願い出た。
仕掛けを投げられるようにならなければ。
竿の握り方、キャスティングフォーム、糸を放すタイ
ミング。
釣り人は丁寧に、根気よく教えた。
まさに手取り足取りだった。
1時間ほど後、父子は自分の正面に仕掛けを飛ばせる
ようになっていた。
飛距離はまだまだだったが、周囲の迷惑にはならなく
なっていた。
その日、父子の釣果はボウズに終わった。
帰り際、手ほどきをしてくれた釣り人がレジャークー
ラーに3枚のカレイを入れてくれた。
冬なのに日焼けした釣り人の笑顔がまぶしかった。

手ほどきをしてくれた釣り人のようになりたい。
父子の挑戦が始まった。

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プロフィール
HN:
YASU ・居眠釣四郎・眠釣
性別:
男性
自己紹介:
釣りと動物と時代劇、時代小説をこよなく愛する、腰は低いが頭が高い、現代版「無頼浪人」にて候。
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