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釣り、ペット、短編小説、雑記、紙誌掲載原稿
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 釣り人が立入禁止の場所や危険な場所に入り込む。釣りが禁じられていてもコッソリと釣りをする。江戸時代にはすでに記録として残っているくらい、我が国において長い歴史を持っている問題です。

 徳川五代将軍綱吉の『生類憐れみの令』が布かれた1685年から1709年、殺生が厳しく禁じられた頃に、よりによって江戸城のお堀で釣りをした武士がおりました。あわや切腹という事態に追い込まれ、なんとか切腹は免れましたが、それでも減封という厳しい処罰を受けています。また阿久澤弥太夫という武士も、禁制を破って釣りをしているのが露見して捕縛されています。この阿久澤弥太夫はキス釣り針の考案者として後生に名を残すほどの釣り好きでした。

 生類憐れみの令が廃止されても、職漁以外の釣りは禁止され続けます。ところが釣り人は、あの手この手でお上の目をかいくぐって竿を出す。日中おおっぴらに釣りをしていては捕まってしまいますから、夜、闇に乗じて釣りをします。竿先に鈴を付け、江戸城のお堀や浅草妙音寺など釣り禁止の場所で「脈釣り」「投げ釣り(投げ込み釣り?)」と称した隠れ釣りが流行しました。
 江戸時代は厳罰主義を持って政治が行われていた時代ですから、禁制を破れば罰金どころではありません。厳罰によって命すら落としかねないにも関わらず、釣り人たちは竿を出したがりました。死刑という厳罰をもって規制しても効果はなかったという事です。そのうち、庄内藩などでは武士の精神修養の一環として釣りが行われる様になっていきます。町人の間でも、芸事の一環として流行します。

 現代においても江戸の昔においても、釣りは代表的なレジャーです。趣味、道楽に法による強制的な取り締まりはそぐわないと考えられます。わかりやすい例ではパチンコ。我が国においては公営ギャンブル以外の賭博行為は法で禁じられています。しかし、換金できないパチンコ屋に行きたいという人はほとんどいないでしょう。麻雀もしかり。アメリカにおいては禁酒法が大失敗に終わっています。アル・カポネは禁酒法のおかげで大儲け。彼も結局は逮捕されますが、禁酒法ではなく脱税が逮捕理由でした。

 神社やお寺の境内では、木陰であっても立ち小便をする人は滅多にいません。「神仏のバチが当たるのが怖い」というよりも、「恥ずべき行為である」という気持ちが人々にあるからでしょう。学校で教えられる事ではありません。親、兄弟、親戚、近所の大人達、遊び仲間たちが「ここでオシッコしたらいけないんだよ」と、禁忌として教え、伝え、守り続けられています。釣り人のモラルもまた、規制や強制によるものではなく、釣り人たちの公徳心に基づいて醸成、浸透していくべきでしょう。

 改正SOLAS条約によるテロ対策と国際信用保持のために立入が規制されたエリアや、危険が故に事故防止の目的で立ち入りが禁じられている場所、企業の施設占有地、魚類や動植物保護のために釣り行為の禁じられた場所に忍び込み、釣りをすることは、恥ずべき行為であると釣り人自身が考える。これが望ましい姿だと思います。立入禁止エリアや釣り禁止エリアへの侵入に限らず、釣り場のゴミ放置、ライフジャケットの着用励行など、他の釣り人に注意したり薦めたりするのは難しいですが、身近な釣り仲間と共に、自ら率先して範を垂れる行動が一番の近道であり、最も実効性ある活動でしょう。

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YASU ・居眠釣四郎・眠釣
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男性
自己紹介:
釣りと動物と時代劇、時代小説をこよなく愛する、腰は低いが頭が高い、現代版「無頼浪人」にて候。
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