名手

　"伊勢湾奥最強" の呼び名も高い、クロダイ釣りの名手Ｙ野さんから、「銀ピカのイイのが釣れたから持って行くよ」 と電話が掛かってきた。届けられたのは48cmの堂々たるクロダイ。ヒレの青味は消えかかっているが、背から胴にかけての縞模様が美しく、腹は真っ白。コイツは美味そうだ。

　釣法はカニ餌の前打ち釣り。中京エリアでの代表的な釣法だが、これが実にシンプルで面白い釣りなのだよ。ウキもテンビンも使用しない、道糸にハリスとハリを結び、ハリの軸にガン玉オモリを１個付けるだけ。道具や仕掛けがシンプルなだけに、釣り人の技術介入の余地が大きい。簡単に言えば、経験と腕の差がハッキリと出る釣りだね。

　釣りは自然相手の遊びなので、運の要素も多分に働くんだが、前打ち釣りは餌がどのように沈降していっているか、海底に着いたかどうかなどをイメージできないと、安定した釣果は望めない。Ｙ野さんは年に一匹、一発こっきりの大物ではなく、初心者や中級者よりも安定した釣果を出すから、名手とか名人と呼ばれているわけですよ。魚が釣れず、坊主に終わっても必ず釣れなかった原因と理由を考える。潮色、潮の流れ、風向きを見て、「こりゃダメだ」 と判断したら、竿を出さずに帰ってくる事も厭わない。ここまで達観するには、相当の経験と情熱が必要だね。

　ってな事を考えながら、研ぎ上げた出刃包丁でクロダイをさばいていたら、白子が出てきた。48cm（おそらく四歳魚）もあるのにオス！ クロダイは雌雄同体の魚で、通常は二歳魚まではオス、二歳を超えるとメスに性転換する。大きくなってもオスのままでいる個体は極少数。珍しい一匹だった。お造りで賞味するとプリプリの食感、モチモチとした歯応え。うん、美味い！

　前打ち釣りの道具は全て揃っているし、時間を見つけて自分も釣りに行かねば。