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釣り、ペット、短編小説、雑記、紙誌掲載原稿
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 「入神の演技」って言葉があるんだが、まさに演技の神様が降臨なさって、その役者の身に憑いておられるかの如き演技を観るのは、数年に一度あるかないか。まして自分がそんな芝居が出来ちゃった、なんて事は過去30年で数回しかない。それもイベントショーの舞台の上だったりするから、運の無駄遣いと笑いたくば笑ってくだされ。

 で、そんな入神の演技の作品を二本立て続けに観た。舞台作品でも、映画でもなく、テレビドラマで。今、TX系で池波正太郎先生原作の 『剣客商売・第三部』 が再放送されているんだが、第二話 「鬼熊酒屋」 の大滝秀治さんと、第四話 「冬木立」 の雛形あきこさんの演技だ。ドラマ 『剣客商売』 はシリーズ第五部まであり、90分のスペシャル版も何作かあって、原作が素晴らしいだけに、ドラマの作り込みもよく出来ていて名作揃いなんだが、役者の演技そのものをグッと引き立てているのがこの二本。大滝秀治さんはベテラン俳優で、その演技力が抜群なのは肯ける。しかし、この 「鬼熊酒屋」 の親爺・熊五郎役は、まさに大滝さんでなければならない、って感じだ。胸の奥に仕舞い込んだ良心の呵責、養女への憐憫と贖罪意識と愛情、その反動としての世間への反感……。無頼浪人に立ち向かう鬼気迫る表情と、小兵衛との出会いによって懊悩から解放される死の床での表情。もう、涙無くしては観られない。

 それに匹敵する入神の演技が 「冬木立」 における雛形あきこさんの演技だ。16歳の小娘・おきみが運命の悪戯で莫蓮女に墜ち、そして小兵衛の優しさに触れてかつての自分へと立ち返りつつも、初めての男・竹造が自分を莫蓮女へと堕とした張本人だとわかっても、絶ち難い思慕の念から後を追って命を絶ってしまう。やりきれない思いと人の心の複雑さを見事に演じ、女優としての雛形あきこさんが見事に開花している。いや、むしろ神懸かっていたと言った方がよいかもしれない。その後の雛形あきこさんの演技は、この作品で見せた演技には及んでいないと思う。

眠釣&さいとう先生 演技とは違うが、劇画版の 『剣客商売』 も素晴らしい。作者はさいとう・たかを先生。『仕掛人・藤枝梅安』 『鬼平犯科帖』 も描いていらして、池波作品を劇画化するなら、さいとう先生の右に出る者はいない。自分はさいとう先生にお目に掛かり、直接お話をうかがった事もあるが、作品への思い入れと劇画家としてのプロ意識は凄まじいものがあった。本格時代劇を描きたい、そしてチャンバラ映画も撮りたいとおっしゃっていた。功成り名を遂げても驕らず、自分のような野良ライターにも温かく接してくださり、秋山小兵衛や藤枝梅安のような悠揚とした方だった。2003年秋に紫綬褒章を受章された時は、我が事のように嬉しかったものだ。

 ともあれ、演技にせよ、劇画にせよ、小説の登場人物に姿形を与え、息を吹き込むという作業は単なる創作以上に難しいと思う。原作を知っている観客や視聴者や読者は、自分なりのキャラクター像を持っているわけで、そのイメージを凌駕しなければ、その演技も作品も評価されない。奇しくもさいとう先生は、「ゴルゴ13なんだけど、あれは『映画じゃ出来ン事をやってやろう!』と思って描き始めたんだよ。だから映像化するのはスタッフもキャストも大変なんだよ。映像化されて、それが好評を博したとしたら、紙に描いている私の負けになるからな」と、笑っておられた。原作小説を超える作品でなければ、劇画作家さいとう先生は、小説家池波先生に負けた事になるわけだ。そんなさいとう先生の劇画版 『剣客商売』 においても、「鬼熊酒屋」 は入神の作品。原作小説に忠実なので、テレビドラマ版とはディテールに違いはあるが、熊五郎の苦悩の人生と、そこから解放してやる小兵衛の人間力に感銘を受ける。テレビドラマ版にはない、熊五郎が息を引き取る三日前の小兵衛との会話シーン。

 「薬は……、飲んでいるかえ?」

 「あぁ……飲んでますよ……。楽に、楽に死にてえから、ね……」

さいとう先生の劇画版では、このシーン直後に 「おまえと、一度将棋をさしてみたかったのう……」 とつぶやく小兵衛の表情が描かれているんだが、もうね、号泣ものですよ。自分一人ではどうにもならない、人生の始末の付け方ってモンを考えさせられますな。絵空事であっても、小説や劇画やドラマの力でも借りないと、自らの背負ってきた人生と素直に向き合い、生を終えるってなぁ難しゅうござんすね、というお話……。

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YASU ・居眠釣四郎・眠釣
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男性
自己紹介:
釣りと動物と時代劇、時代小説をこよなく愛する、腰は低いが頭が高い、現代版「無頼浪人」にて候。
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