釣り、ペット、短編小説、雑記、紙誌掲載原稿
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その日、空は晴れていたが堤防上は濡れていた。車のラゲッジスペースから釣り道具一式を取り出し、肩に担いだ。堤防の入り口に着くと、地元の常連釣り人らしき初老の男が話しかけてきた。
「今日はやめといた方がいい。堤防を越える波も来とるぞ」
「来てない、来てない。今だってたいした波じゃないし、平気ッしょ?」
「いや、堤防の上が濡れとるだろ。ありゃ堤防が波を被った証拠だ。今日はやめとけ」
「ここまで3時間もかけて来たんスよ。とりあえず竿を出さなきゃ、帰れねッスよ」
釣り人は聞く耳を持たなかった。スタスタと先端部に向かって歩き出した。
初老の男はしばらくの間、堤防の入口で釣り人や観光客に警告を発していたが、「あんたにとやかく言われる筋合いじゃない!」と、激しく怒鳴りつけられた。怒鳴りつけられてまでお節介を焼く必要はない。「大事にならなければよいが……」と思いながら家路についた。
風は強かったが、海には適度に濁りが入り、いかにも釣れそうな雰囲気だった。今日のようにシケ気味で濁っている日はチャンスだ。この堤防には、もう何十回と通っている。今まで、一度も危険な目に遭ったことはない。堤防の入り口に目をやると、初老の男が帰っていく姿が見えた。波間に揺れていたウキが、スッと引き込まれた。竿を立てると、ズッシリとした魚の引きが伝わった。思わず腰を浮かせる。と、同時に背後で何かが砕けるような音がして、強く背中を押された。気が付くと、自分の周りにおびただしい水泡が立ち上っていた。
堤防中程で家族連れがサビキ釣りをしていた。自宅を朝5時出発でやって来た。堤防上が濡れているため、妻と子供たちのためにレジャーシートを広げた。自分はクーラーボックスの上に座った。妻の手作り朝食弁当をつまみに、海で飲むビールはうまかった。家族のレジャーにケチを付けた、無粋なオヤジの言葉など吹き飛んだ。2本目の缶ビールのプルリングを引き起こした瞬間、頭から飛沫を被った。「ビー……ル?」。次の瞬間、平衡感覚が狂った。腰掛けたクーラーボックスが、自分を海へと運ぼうとしていた。妻と子供の悲鳴、そして大きな物が水に落ちる音が聞こえた。
堤防の外側に向かって沖合いに目を凝らす。気の合う釣り仲間4人とのドライブ釣行。海には白波が立ち、勇壮な景観が広がっていた。穏やかな海よりも迫力があっていいと思った。いい想い出になりそうだ。堤防入り口にいたオヤジのお節介が気にくわなかったので、怒鳴りつけてやった。カメラを三脚にセットし、釣り仲間が釣り竿を手にした写真を記念撮影。ファインダーを覗き込み、シャッターを押そうとしたその瞬間、凄まじい飛沫が降り注いできた。続いて大きな力で足元をすくわれた。ファインダーの中に、一瞬だけ白い水泡が見えた。
港近くの自宅に帰宅した初老の男は、昨夜のみそ汁の残りに飯と卵を割り入れたおじやを、遅い朝食として食べていた。ニュースを見るため、テレビのスイッチを入れた。ヘリコプターの飛び交う音がうるさい。ボリュームを上げた。「堤防に高波が押し寄せ、堤防上にいた釣り人や観光客が海に転落し、何名かが病院に搬送されたが、現在も捜索救助活動中」とアナウンサーが告げていた。ドンブリをテーブルに叩きつけるように置くと、海へ、堤防へと走った。堤防の入り口付近は消防と警察によって封鎖され、懸命な捜索活動が続いていた。海上には巡視艇と漁船、上空にはヘリが低空飛行していた。
初老の男は、「ケンカをしてでも止めれていば……」と激しく悔いた。しかし、本当に悔いねばならないのは、もはや悔いることさえできない、海に消えた釣り人や観光客だった。
-「波となぎさ」'07年3月26日発刊 171号 掲載稿-
「今日はやめといた方がいい。堤防を越える波も来とるぞ」
「来てない、来てない。今だってたいした波じゃないし、平気ッしょ?」
「いや、堤防の上が濡れとるだろ。ありゃ堤防が波を被った証拠だ。今日はやめとけ」
「ここまで3時間もかけて来たんスよ。とりあえず竿を出さなきゃ、帰れねッスよ」
釣り人は聞く耳を持たなかった。スタスタと先端部に向かって歩き出した。
初老の男はしばらくの間、堤防の入口で釣り人や観光客に警告を発していたが、「あんたにとやかく言われる筋合いじゃない!」と、激しく怒鳴りつけられた。怒鳴りつけられてまでお節介を焼く必要はない。「大事にならなければよいが……」と思いながら家路についた。
風は強かったが、海には適度に濁りが入り、いかにも釣れそうな雰囲気だった。今日のようにシケ気味で濁っている日はチャンスだ。この堤防には、もう何十回と通っている。今まで、一度も危険な目に遭ったことはない。堤防の入り口に目をやると、初老の男が帰っていく姿が見えた。波間に揺れていたウキが、スッと引き込まれた。竿を立てると、ズッシリとした魚の引きが伝わった。思わず腰を浮かせる。と、同時に背後で何かが砕けるような音がして、強く背中を押された。気が付くと、自分の周りにおびただしい水泡が立ち上っていた。
堤防中程で家族連れがサビキ釣りをしていた。自宅を朝5時出発でやって来た。堤防上が濡れているため、妻と子供たちのためにレジャーシートを広げた。自分はクーラーボックスの上に座った。妻の手作り朝食弁当をつまみに、海で飲むビールはうまかった。家族のレジャーにケチを付けた、無粋なオヤジの言葉など吹き飛んだ。2本目の缶ビールのプルリングを引き起こした瞬間、頭から飛沫を被った。「ビー……ル?」。次の瞬間、平衡感覚が狂った。腰掛けたクーラーボックスが、自分を海へと運ぼうとしていた。妻と子供の悲鳴、そして大きな物が水に落ちる音が聞こえた。
堤防の外側に向かって沖合いに目を凝らす。気の合う釣り仲間4人とのドライブ釣行。海には白波が立ち、勇壮な景観が広がっていた。穏やかな海よりも迫力があっていいと思った。いい想い出になりそうだ。堤防入り口にいたオヤジのお節介が気にくわなかったので、怒鳴りつけてやった。カメラを三脚にセットし、釣り仲間が釣り竿を手にした写真を記念撮影。ファインダーを覗き込み、シャッターを押そうとしたその瞬間、凄まじい飛沫が降り注いできた。続いて大きな力で足元をすくわれた。ファインダーの中に、一瞬だけ白い水泡が見えた。
港近くの自宅に帰宅した初老の男は、昨夜のみそ汁の残りに飯と卵を割り入れたおじやを、遅い朝食として食べていた。ニュースを見るため、テレビのスイッチを入れた。ヘリコプターの飛び交う音がうるさい。ボリュームを上げた。「堤防に高波が押し寄せ、堤防上にいた釣り人や観光客が海に転落し、何名かが病院に搬送されたが、現在も捜索救助活動中」とアナウンサーが告げていた。ドンブリをテーブルに叩きつけるように置くと、海へ、堤防へと走った。堤防の入り口付近は消防と警察によって封鎖され、懸命な捜索活動が続いていた。海上には巡視艇と漁船、上空にはヘリが低空飛行していた。
初老の男は、「ケンカをしてでも止めれていば……」と激しく悔いた。しかし、本当に悔いねばならないのは、もはや悔いることさえできない、海に消えた釣り人や観光客だった。
-「波となぎさ」'07年3月26日発刊 171号 掲載稿-
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