釣り、ペット、短編小説、雑記、紙誌掲載原稿
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少し前の話になるが、フィットネスジムのインストラクターをしている元プロレスラーのJさんと出会い、触れてはいけない話題を口にしてしまった。プロレスには一般人が触れてはならない部分がある。Jさんがスッと立ち上がり、マットを敷き詰めた一角で手招きをした。
「俺からは一切先に攻撃しない。おたくは顔面でも、 金的でも、好きに攻撃していいよ」
一見、ハンデをつけてくれたような申し出だが、この言葉の裏側にあるのは、『攻撃はしないが、受けと捌きは本気でやる』ってことだ。
ショー、舞台、ドラマ等で "見せるため" に、ほんの少しだけ立ち技系格闘技をかじった程度の自分が、元プロレスラーのJさんに有効打を与えることなど絶対に不可能。心から非礼を詫びたのだが、
「いや、一度やってみればわかるから。ほら、来ないならこっちから掴まえに行くよ」
と言われてしまった。言葉も表情も穏やかだが、目は笑っていない。この顔ができる人はむちゃくちゃ怖い。Jさんの身長は180cmに少し欠けるくらい、体重も80kg程度だろう。しかし握力は70kg、背筋も250kgは超えていそうだ。掴まれて締められたら、ベアハッグ一発で174cm、58kg(現在は174cm、62kg)の自分は枯れ枝のようにへし折られてしまう。街でのケンカなら、右のパンチで牽制し、相手がかわそうと半身になったところで、前に出ている右足内側の膝上を、拳を引き様に右のローキックで蹴って逃げる "一撃即離脱戦法" でなんとかなる。逃げるための先制戦法として、何千回と練習したコンビネーションだ。
Jさんが無造作に踏み出してきた。もう、やるしかない。牽制の右パンチを繰り出す。当然かわされるはず……、のところが右の拳にガッとすごい手応えが伝わってきた。身体を開かせるため放った右のショートストレートをJさんは避けずに額、髪の生え際あたりでそのまま受け止めたのだ。パンチを放った自分の肩まで衝撃がきた。拳にカウンターのヘッドバットを受けたようなモノだ。打ち抜くつもりで渾身のストレートを放っていたら、間違いなく肩を脱臼するか、手首を骨折、運が良くても中手骨の骨折は間違いなかった。ゾッとして思わず飛びじさった。
「効かないよ。もうちょっと本気出してみようよ」
とJさんがにじり寄ってくる。顔だけ笑って目が本気。恐怖で首筋の毛がそそけ立った。吐きそうだ。もう一度飛びじさり、
「勘弁してください。今のでよく解りました」
と許しを請うた。
「ダメ。もう始まっちゃってるしィ」
と怖い眼のJさんが間合いに入ってくる。あまりの恐怖にトチ狂った。思いっきり右のローキックを放った。軌道の長いミドルキックやハイキックはよけられるか、そのまま足を掴まれやすい。これだけは恐怖にトチ狂っていても忘れなかった。
スネの足首に近い部分、スイートスポットがJさんの左足太腿の外側、膝に近い部分を叩いた。セメント袋を蹴ったようなドシッという蹴り応え。自慢ではないが、自分のスネは10年前までは公園の立木を蹴って鍛え上げたスネだ。腰の入った、会心の一撃のローキック。一般人ならその場で蹲ってしまうだけの威力はあった。あったはず……なのだが、Jさんはドッシリと左足に体重を掛けて踏ん張り、渾身のローキックを止めてしまった。ローキックは普通、ヒザを浮かして捌くものだ。踏ん張って受け止められるモノではない。効いているのかいないのか、少なくともJさんの表情は変わらない。二の矢を放つべく、がら空きのこめかみに左のショートフックを叩き込んだ。瞬間、下からJさんの太い右腕が跳ね上がってきた。凄まじい握力で左肩を掴まれ、左腕を上に伸ばされた。左手で後頭部を押さえられ、そのままスタンド(立ったまま)のサイドポジションでフロントネックロックと脇固めを極められた。この体勢ではギブアップの声を出せないし、タップすることもできない。肩の関節の内側でギヂッと嫌な音が鳴り、続いて激痛が襲ってきた。あまりの激痛に意識はむしろ明確。打撃で受ける痛みは瞬間的なものだが、関節を極められた痛みは技を解かれるまで同じ太さで続く。「折られるッ……」と覚悟した次の瞬間、マットの上に転がされた。上体を起こす事もできない。肩を押さえて腹這いになっているのが精一杯。心が完全に折れた。Jさんが近づいてくる気配がする。とどめを刺しに来たと思った。凄まじい恐怖に飛び起きた。飛び起きておいて土下座した。涙こそ出ないが、鼻水と汗がドッと吹き出す。よだれもこぼれた。背中をポンと叩かれた。
「どうよ?」
顔を上げると、怖い眼をした格闘家ではなく、フィットネスインストラクターのJさんがいた。
絶対的な差。一般人(常人)が如何に努力しようと、どれだけ血の小便を垂らして鍛錬しようとも、絶対に埋めようのない天性の力の差。小男が急所を突いて大男を倒せるのは、大男が格闘の素人である場合だけだ。これだけ強いJさんをして、前座止まりで現役を終えなければならなかったプロレスという世界。レスラーはまさに天に選ばれし闘士だ。
「俺からは一切先に攻撃しない。おたくは顔面でも、 金的でも、好きに攻撃していいよ」
一見、ハンデをつけてくれたような申し出だが、この言葉の裏側にあるのは、『攻撃はしないが、受けと捌きは本気でやる』ってことだ。
ショー、舞台、ドラマ等で "見せるため" に、ほんの少しだけ立ち技系格闘技をかじった程度の自分が、元プロレスラーのJさんに有効打を与えることなど絶対に不可能。心から非礼を詫びたのだが、
「いや、一度やってみればわかるから。ほら、来ないならこっちから掴まえに行くよ」
と言われてしまった。言葉も表情も穏やかだが、目は笑っていない。この顔ができる人はむちゃくちゃ怖い。Jさんの身長は180cmに少し欠けるくらい、体重も80kg程度だろう。しかし握力は70kg、背筋も250kgは超えていそうだ。掴まれて締められたら、ベアハッグ一発で174cm、58kg(現在は174cm、62kg)の自分は枯れ枝のようにへし折られてしまう。街でのケンカなら、右のパンチで牽制し、相手がかわそうと半身になったところで、前に出ている右足内側の膝上を、拳を引き様に右のローキックで蹴って逃げる "一撃即離脱戦法" でなんとかなる。逃げるための先制戦法として、何千回と練習したコンビネーションだ。
Jさんが無造作に踏み出してきた。もう、やるしかない。牽制の右パンチを繰り出す。当然かわされるはず……、のところが右の拳にガッとすごい手応えが伝わってきた。身体を開かせるため放った右のショートストレートをJさんは避けずに額、髪の生え際あたりでそのまま受け止めたのだ。パンチを放った自分の肩まで衝撃がきた。拳にカウンターのヘッドバットを受けたようなモノだ。打ち抜くつもりで渾身のストレートを放っていたら、間違いなく肩を脱臼するか、手首を骨折、運が良くても中手骨の骨折は間違いなかった。ゾッとして思わず飛びじさった。
「効かないよ。もうちょっと本気出してみようよ」
とJさんがにじり寄ってくる。顔だけ笑って目が本気。恐怖で首筋の毛がそそけ立った。吐きそうだ。もう一度飛びじさり、
「勘弁してください。今のでよく解りました」
と許しを請うた。
「ダメ。もう始まっちゃってるしィ」
と怖い眼のJさんが間合いに入ってくる。あまりの恐怖にトチ狂った。思いっきり右のローキックを放った。軌道の長いミドルキックやハイキックはよけられるか、そのまま足を掴まれやすい。これだけは恐怖にトチ狂っていても忘れなかった。
スネの足首に近い部分、スイートスポットがJさんの左足太腿の外側、膝に近い部分を叩いた。セメント袋を蹴ったようなドシッという蹴り応え。自慢ではないが、自分のスネは10年前までは公園の立木を蹴って鍛え上げたスネだ。腰の入った、会心の一撃のローキック。一般人ならその場で蹲ってしまうだけの威力はあった。あったはず……なのだが、Jさんはドッシリと左足に体重を掛けて踏ん張り、渾身のローキックを止めてしまった。ローキックは普通、ヒザを浮かして捌くものだ。踏ん張って受け止められるモノではない。効いているのかいないのか、少なくともJさんの表情は変わらない。二の矢を放つべく、がら空きのこめかみに左のショートフックを叩き込んだ。瞬間、下からJさんの太い右腕が跳ね上がってきた。凄まじい握力で左肩を掴まれ、左腕を上に伸ばされた。左手で後頭部を押さえられ、そのままスタンド(立ったまま)のサイドポジションでフロントネックロックと脇固めを極められた。この体勢ではギブアップの声を出せないし、タップすることもできない。肩の関節の内側でギヂッと嫌な音が鳴り、続いて激痛が襲ってきた。あまりの激痛に意識はむしろ明確。打撃で受ける痛みは瞬間的なものだが、関節を極められた痛みは技を解かれるまで同じ太さで続く。「折られるッ……」と覚悟した次の瞬間、マットの上に転がされた。上体を起こす事もできない。肩を押さえて腹這いになっているのが精一杯。心が完全に折れた。Jさんが近づいてくる気配がする。とどめを刺しに来たと思った。凄まじい恐怖に飛び起きた。飛び起きておいて土下座した。涙こそ出ないが、鼻水と汗がドッと吹き出す。よだれもこぼれた。背中をポンと叩かれた。
「どうよ?」
顔を上げると、怖い眼をした格闘家ではなく、フィットネスインストラクターのJさんがいた。
絶対的な差。一般人(常人)が如何に努力しようと、どれだけ血の小便を垂らして鍛錬しようとも、絶対に埋めようのない天性の力の差。小男が急所を突いて大男を倒せるのは、大男が格闘の素人である場合だけだ。これだけ強いJさんをして、前座止まりで現役を終えなければならなかったプロレスという世界。レスラーはまさに天に選ばれし闘士だ。
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